ゴミパソ再生術

2016年7月8日金曜日

技術オタはこういう文章に萌える

過去に書き散らかしたものをまとめていきます。適宜、加筆修正。

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 元理系ちゃんなので科学技術関係の話題は興味がある。書店でチェックするコーナーの一つだ。ただ、日本の場合、サイエンスライターの育成が不充分なためか、面白い、と言える記事になかなか巡り合えない。物理の分野では1900年代初頭の量子力学の成立期などは時代自体がドラマチックで誰が書いてもそれなりに面白かったりするのだが、もうちょっとマイナーな領域になると書き手の層が薄いせいかテキストの質や量ががこんと低下する。
  そうはいっても稀に質の高いテキストに出会えるときがあるわけで、それはなにも成書であるとは限らない。以前、そう、確か’91年当時、日経新聞に現代の科学者の評伝記事が連載されていて、なかなか面白かった。成書としても出版されたようだが残念ながら今は絶版になっている。この手の分野で高揚感が得られる文章というのは貴重だと思うので抜粋を紹介しておこう。

 「    シモン・ファンデル・メーア ―素粒子発見に貢献、ノーベル賞受賞― 

 素粒子物理学は、各国よりすぐりの頭脳が猛烈な先陣争いを展開する”科学の激戦区”だ。物質世界を支配しているあらゆる力の源泉は何か。宇宙の誕生時にはいったい何が起きたのか。究極の宇宙構造を探り出すために、巨大な粒子加速器を使って、研究者たちの苦闘は続く。

  この分野でノーベル賞を得るのは野心満々で攻撃的な物理学者と相場が決まっている。事実1984年にファンデル・メーアと共同受賞したカルロ・ルビアは、現代で最も野心的な物理学者の一人だ。目立つのを嫌い、温厚を絵に描いたような性格のファンデル・メーアの受賞は、きわめて異例のことだった。

  温厚なオランダ人ファンデル・メーアが CERN に入ったのは技術者としてであった。様々な粒子を容器の中で加速し、蓄え、衝突させることで、ほんの一瞬、未知の粒子がこの世に姿を現す。それを捕らえて解析するのは物理学者の仕事。ファンデル・メーアの分担は精緻で効率的な装置を開発することである。

  加速器物理学、加速器工学と呼ばれるこの分野でファンデル・メーアがつくり出した新システムは、枚挙にいとまがない。素粒子物理学で先行していた米国に対して、欧州勢が巻き返しに成功したのは、この卓抜な技術者がいたからだ。「欧州にあって米国にないのは、ファンデル・メーア」ともいわれた。

  「ノーベル賞はラッキーだった」という彼の言葉には、独創的な技術者としての強烈な自負心と、縁の下の力持ちに徹してきた控えめな人生観の、奇妙な融合が感じられる。引退した今、ファンデル・メーアは手紙の末尾に「エンジニア」と書いて署名する。科学を傘下に置いた技術者の誇りである。

  きれいな粒子ビームの取り出しという、当時の物理学の研究を飛躍的に進歩させる装置の開発に次いで、CERNにファンデル・メーアありと世界に印象づけたのは「ニュートリノ・ホーン」の発明だ。

  ニュートリノ・ホーンは、アルミでできた巨大な角笛(ホルン)のような格好をしている。アルプスホルンの本場、スイスでオランダ人の手によってこれが完成した。

  加速した陽子をタングステンなどに当てると、そこから生じるパイオン粒子がミューオンとニュートリノに分かれる。ニュートリノはそれを生み出すパイオン粒子の流れに沿って飛ぶ性質がある。ニュートリノホーンは、荷電粒子であるパイオンを強い磁場で角笛の中に収束させ、それと一緒にニュートリノを集める。これで方向がある程度そろったニュートリノのビームが誕生するわけだ。卓抜なアイデアである。

  無理なものは無理、押してもだめなら引くというのが、彼の発想の根源にある。常識にとらわれると、位置も方向もスピンも人間の意のままにならないやっかいな粒子たちを支配するのに、磁場など強い力を使って制圧しようとする。しかし、ファンデル・メーアは決してこうした”軍隊”による侵攻を選ばない。わがままな素粒子たちと折り合いをつけるのに、柔軟な”外交”で対処する。難問を力づくで解くのではなく、解答を出しやすい別の問題に置き換えてしまうのである。

  CERN に大型のコンピューターシステムが導入された直後、ファンデル・メーアはいちばん長くキーボードの前に座っていたといわれる。しかし、旺盛な好奇心と進取の気性は、穏やかな笑みの中に包み込まれて表には出てこない。彼と話していると、特異な思考パターンや強烈な自我が必ずしも最先端の科学者の条件ではないことがよくわかる。

 科学は心やさしい市民にも大きく開かれている。」 

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んー、今読んでも色褪せない文章。

これテクニック的にも優れているね。解析してもしょうもないのだが、

・一般の人には近寄りがたいと思われる素粒子物理学を「科学の激戦区」というフレーズをキーにして興味をひきつける。ここでお堅い内容は一切触れない。

・人となりを淀みない文章で紹介した後、「科学を傘下に置いた技術者の誇りである。」とこの人の特徴を一文で締める。

・技術的な部分の導入でも「アルプス スイス オランダ」と地名を列挙し、読者の興味を逸らさせない。

・業績のコアとなる部分にわかりやすい対比的なフレーズ(「軍隊による侵攻」と「柔軟な外交」)で喩える。科学業界に世界情勢的なフレーズを用いている。

・最後に再び人となりに触れた後で、「科学は心やさしい市民にも大きく開かれている」で着地。

お見事!






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